あたしンちというアニメを見た。
私が中学生の頃にテレビで見ていたけれど、友人がいつも見て、なぜかインスタにワンシーンを載せてくれるから私も見たくなってたまに観ている。
物語は家族4人のthe・日常。って感じ。
休日、父はソファーで昼寝をし、息子は好きなアイドルのDVDを見て、母と娘は買い物に行く。
そんななんでもない生活を見て、素敵だな。とふと思った。
社会人になってから、常に何かしらの目標を持ってお金を貯めたり、趣味に没頭したりしてきた。それが自分にとって良いことだと思っていたから。
でも叶えたい夢はほとんど叶った。
(まだ全てとは言い切れないけどね)
もう以前ほど必死になって叶えたい夢ってない。
そうすると、なんだかもっとゆっくりしても良いんじゃない?と思うようになってきた。
(とか言いながらもうすぐインド行くんだけど。笑)
ゆっくり生きる時間を作ってこなかったから、目標がないことに焦ったり、何をすれば有効に時間が使えるのか、ばっかり考えてた。常に何かをしようとしていた。
止まりたいのに止まると、何かから遅れてしまいそうな気がする。
ふじぎな感覚。
でもふとした幸せを感じる時間は
自分で作ったご飯を食べている時だったり
激安のイチゴを使ってジャムを作っている時だったり
ぼーっとベランダの植物たちを眺めている時だったり
本を読んで感動している時だったり
誰かの落とし物を拾って渡す時だったり
そんななんともない、人に伝えれば大した話題にもならないような時間なんだよなあ。
人からすごいと言われたい。
そんな気持ちもあるけれど、きっと本当に自分が望んでいるのはそういうものではないのかも。
ただ生きることが、何よりの幸せで、日々少しずつ何かを見つけることが人生の光になるのかもしれない。
だから、わたしンちとか海街diaryとかかもめ食堂とか家庭的でゆったりした物語に最近惹かれるのかもなあ。
今も仕事の前に時間が空いてゆったりブログ書いてる。
昨日作ったいちごジャムを安く買ったパンの耳にのせて食べて幸せを感じている。
私はこんな小さなことで幸せを感じられる人間だったんだな。
生きていればいろんなことがある。自ら大きなアクションを起こさなくても、勝手に起こることは起こるし、起きないことは起きない。
選択を迫られた時に、面白そうな方を選べる余裕を残して生きていれば、十分楽しんで生きていけるんじゃないかな。
必死に追いかけなくても。
無理に頑張らなくても。
そんなことをぼーっと考えている。
そういえば、こういう考えを芽生えさせてくれたきっかけとなったのは
「年収90万円で東京ハッピーライフ」という大原扁理さんの本。
私が、結婚当初にもっと稼がないと!将来の子供のために!将来の人生のために!と焦りまくっていた時に読んで衝撃を受けた本。
お金だけじゃないなあ、人生は。
仕事だけじゃないなあ、人生は。
大義名分でもないなあ、人生は。
そんな気持ちを思い出させてくれる本。
それからも、また私焦ってるな、と感じた時には図書館に行って借りて読んでいる。
足りないものがあるときは自然と必要なものに出会える気がする。
足りないことで新しい何かを吸収できる。
それがすでに足りているんだよ、と教えてくれることかもしれないし。
こういう気持ちがずっと続いてくれると良いなあ。またすぐ焦ったりもするんだけど、なるべく早くこの感情を思い出せますように。
ではみなさん、今日も素敵な1日を楽しんでいきましょか。
あでゅ。